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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)11101号 判決 1977年11月29日

主文

被告は、原告に対し、金二一二万円及び内金二〇〇万円に対する昭和五〇年一月二三日から、内金一二万円に対する昭和五二年一一月二九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを五分し、その二を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し、金五七七万七、九〇〇円及び内金五四七万七、九〇〇円に対する昭和五〇年一月二三日から、内金三〇万円に対する本件判決言渡しの日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二請求の原因等

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因等として、次のとおり述べた。

一  事故の発生

原告は、観光バスの運行等を業とする被告の元従業員であるが、昭和四七年一〇月二二日午後一〇時頃、東京都豊島区東池袋三丁目一五番地先路上において、被告従業員木原(旧姓斉藤)豊(以下「木原」という。)の運転する被告所有の貸切観光バス(以下「加害車」という。)に左足踵部を左前車輪で轢過され、傷害を受けた。

二  責任原因

被告は、木原を使用し、木原が加害車を運転して被告の業務を執行中、本件事故現場において加害車の方向転換をするため同車の補助運転手であつた原告に誘導を求め、原告を下車させたのであるが、その際、加害車を後退すべきを誤つて前進させた過失若しくは原告が下車直後、車体傍の左前輪手前にいることを看過し加害車を前進させた過失により本件事故を惹き起こしたものであるから、民法第七一五条第一項の規定に基づき、原告が本件事故により被つた後記損害を賠償する責任がある。

三  傷害の部位、程度等

原告は、本件事故により、左踵骨、距骨、舟状骨及び第五中足骨骨折の傷害を受け、昭和四七年一〇月二二日から同年一二月二日までの四一日間入院治療を受け、昭和四八年四月二六日から昭和四九年二月二一日まで実日数にして三〇日間通院治療を受けたが、左足根骨の変形治癒により、外傷性扁平足、内反・外反制限及び底屈制限、歩行時の疼痛並びに長距離の歩行不能の後遺症を残し、労働者災害補償保険(以下「労災保険」という。)関係において、労働者災害補償保険法施行規則別表に定める障害等級第一四級に該当するものと査定されたが、元来、一下肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残したものとして第一二級とみるべきものである。

四  損害

原告は、本件事故により、次のとおりの損害を被つた。

1  逸失利益

原告は、本件事故当時、三五歳の男性で、昭和四九年九月七日被告会社を退職したが、その後その稼働可能年数二八年間にわたり毎年金一五〇万円を下らぬ収入をあげえたものであるところ、本件事故によりその間の稼働能力の一四パーセントを失つたから(なお、原告が在職中被告から支給された給与及び賞与額は別紙のとおりである。)、右を基礎とし、ホフマン式計算方式により年五分の中間利息を控除して右の間の逸失利益の昭和四九年九月一日時点の現価を求めると、金三九四万八、〇〇〇円となる。

2  慰藉料

前記傷害の内容、その治療の期間及び後遺症の程度を勘案すれば、本件事故により被つた原告の精神的苦痛を慰藉する金額は、金一六〇万円が相当である。

3  弁護士費用

原告は、被告が任意に原告の損害の弁済をしないため、やむなく、本件訴訟の提起、追行を原告訴訟代理人に委任し、着手金金七万円を支払い、報酬として金三〇万円を支払う旨約したから、合計金三七万円の損害を被つたこととなる。

4  原告は、前記後遺障害につき、労災保険から障害補償一時金として金一四万一〇〇円を受領した。

五  よつて、原告は、被告に対し、前項1ないし3の合計額から前項4の障害補償一時金額を控除した金五七七万七、九〇〇円及びうち弁護士報酬を控除した金五四七万七、九〇〇円に対する本件事故発生の日の後で、本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和五〇年一月二三日から、うち金三〇万円(弁護士報酬)については本件判決言渡しの日から各支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

六  被告の主張に対する答弁

被告の主張1の事実は争うが、2の事実は認める。

第三被告の答弁等

被告訴訟代理人は、請求の原因に対する答弁等として、次のとおり述べた。

一  請求の原因第一項の事実は、認める(ただし、左足の傷害の部位については知らない。)。

二  同第二項の事実中、被告が木原を使用し、木原が加害車を運転し、被告の業務を執行中、本件事故が発生したことは認めるが、その余の事実は否認する。

本件事故は、加害車が方向転換のため、十字路を左折徐行進行中、加害車の交替運転手であつた原告が運転手の木原に無連絡のまま加害車左前輪の直前に飛び降りた一方的過失に起因するものであつて、木原には全く過失がない。また、加害車の交替運転手であつた原告は、民法第七一五条第一項の規定により保護されるべき第三者に当たらない。

三  同第三項の事実は、知らない。

四  同第四項の事実中、原告が本件事故当時三五歳の男性で、原告主張の頃、被告会社を退職したこと、及び原告が在職中被告から支給された給与及び賞与額が別紙のとおりであつたこと、並びに4の事実は認めるが、その余の事実は争う。

仮に、原告主張のような後遺症が残つたとしても、原告は、別紙のとおり、昭和四八年六月頃復職後昭和四九年八月退職するまでの間、本件事故以前と同様あるいはそれを上回る収入を得ていたから、後遺症に基因する逸失利益はありえない。

五  被告の主張

1  仮に、木原に本件事故につき過失があつたとしても、被告は、木原の選任及び監督につき相当な注意をなしてきたから民法第七一五条第一項ただし書の規定に基づき、本件事故による原告の損害を賠償する責任はない。

2  原告は、本件事故に関し、労災保険から、原告主張の額の障害補償一時金のほか、昭和四七年一〇月二二日から昭和四八年五月一五日までの間の休業補償給付として金三三万九、六〇〇円を、被告共済会から昭和四七年一〇月二三日から昭和四八年四月二六日までの間の休業補償として、金一五万八、八一五円を、被告から昭和四八年前期賞与として金一〇万二、〇〇〇円を各支給されたほか、昭和四八年五月一日被告から見舞金として金五万円を、昭和四七年一二月木原から見舞金七万円を受領した。

第四証拠関係〔略〕

理由

(事故の発生)

一  原告主張の日時及び場所において、観光バスの運行等を業とする被告の被用者である木原がその業務の執行として加害車を運転中、当時被告の従業員であつた原告の左足を左前車輪で轢過し、傷害を負わせたことは、当事者間において争いがないので、以下、本件事故の態様等につき審究するに、成立に争いのない甲第五号証の一、第六号証の九及び第八号証の一ないし四、原本の存在及び原告作成部分を除くその余の部分の成立につき争いのない甲第四号証、原告本人尋問の結果により成立の認められる甲第一号証及び第五号証の二、証人稲川博の証言により成立の認められる乙第二号証、本件事故現場付近の写真であることに争いのない甲第六号証の一ないし八及び加害車の写真であることに争いのない乙第三号証の一ないし六並びに証人木村佳一、同菅谷重信、同稲川博及び木原豊の証言並びに原告本人尋問の結果(乙第二号証の記載並びに証人木村佳一、同稲川博及び同木原豊の証言並びに原告本人尋問の結果中、後記措信しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨を総合すると、(一)本件事故現場は、東池袋方面(南西)から大塚方面(北東)に向け直線状に通じる歩車道の区別があり、センターラインにより片側一車線に区分された幅員一五・〇九メートル(北西側の歩道幅員は約三・〇一メートル、南東側の歩道幅員は約二・五二メートル、車道幅員は約九・五六メートル)のアスフアルトの舗装道路(以下「本件道路」という。)と北西方面に通じる歩車道の区別のない幅員約八メートルのアスフアルトの舗装道路(以下「交差道路」という。)とが直角に十字形に交差する信号機による交通整理の行われていない交差点(以下「本件交差点」という。)の交差道路路上であり、本件道路の南東側は池袋電報電話局の敷地となつていること、(二)加害車の主任運転手であつた木原は、豊島区新康甲塚の配車場所で加害車(車長一一メートル、車幅二・四九メートル)に団体客の一部を乗車させ(三号車)た後、副運転手である原告を運転席左横のドアのステツプ上に立たせたまま、一号車及び二号車との集合地点である池袋電報電話局前の本件道路に向け、加害車を運転し、本件道路に東池袋方面から進入直進し、本件交差点手前に時速約二〇キロメートルで差しかかつたのであるが、本件事故当時三号車は集合時間に約一時間遅れていたため、一号車及び二号車は既に本件交差点の約二〇メートル北東寄りの本件道路上にその前部を東池袋方面に向けて停車し、三号車の到着を待つていたこと、(三)木原は、停車中の一号車及び二号車を認め、一たん交差道路に進入して方向転換し、一、二号車の前部に加害車を同方向に向けて停車しようと考え、そのままの速度で一たんセンターラインを踰越し、ハンドルを左に転把しながら急制動措置を採りつつ左に大きく左折して交差道路に約一〇メートル進入し、交差道路の右側に、その後部をやや左に振つて一たん停車したうえ、原告に対し降車して後部で誘導するよう指示したこと、(四)原告は、ドアを手で開け、その把手を右手で持ちつつステツプ(ステツプは左前車輪の直前にある。)を一段降りた後、左足で着地し、次いで右足を着地しようとした瞬間、突然、原告の動静を見ていなかつた木原は、加害車を前進させ、右にハンドルを転把した後、後退させて方向転換を完了しようと考え、前進をはじめたため、左側車体の外側(左側)に大きく突出していた加害車左前輪で原告の左足踵部を轢過し、原告の叫び声で初めて事故に気付いて急制動措置を採つたが、間に合わず、発進後約二メートル進行して停車したこと、以上の事実を認めることができ、乙第二号証の記載並びに証人木村佳一、同稲川博及び同木原豊の証言並びに原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は、前段認定に供した各証拠に照らし、直ちに措信しえず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(責任原因)

二 前記認定の事実によれば、木原は、本件交差点で方向転換中、加害車を一たん停車させ、原告に対し降車誘導を求め、原告が降車した直後、原告の動静を注視することなく、漫然、前進を開始した過失により本件事故を発生させたことが明らかであり、本件事故当時、木原が被告の被用者であり、被告の事業を執行中であつたことは当事者間に争いがないから、被告は、民法第七一五条第一項の規定に基づき本件事故により原告の被つた後記損害を賠償すべき責任がある。

被告は、木原に過失ありとしても、被告は木原の選任及び監督につき相当の注意をなした旨主張し、証人木村大八の証言によれば、被告がバス運転手の任用につき一応の任用基準を設け、入社後も定期的に講習会を催し、各個の運転手の運転態度についても、非難があつた場合は個別的に注意を与える等していることが認められるが、バスの方向転換時払うべき注意その他各運転手の運転方法等につき事故防止のための万全の措置が講ぜられていたことを認めるに足りる証拠はなく、被告の上叙の程度の選任、監督上の注意をもつてしては、未だ被用者の選任、監督につき相当な注意をなしたものとは認め難いものというべきであるから、被告の右主張は到底採用するに由ない。

また、被告は、原告は民法第七一五条第一項にいう第三者に当たらない旨主張するが、同条項にいう第三者とは使用者及び加害行為をなした被用者以外の者を指称するものと解すべきであるから、右主張は採用の限りでない。

(傷害の部位、程度等)

三 前掲甲第一号証、原告本人尋問の結果及びこれにより成立の認められる同第二号証並びに弁論の全趣旨により成立の認められる同第七号証及び第九号証を総合すれば、原告は、本件事故により、左踵骨、距骨、舟状骨及び第五中足骨骨折の傷害を受け、本件事故当日である昭和四七年一〇月二二日から同年一二月二日まで四二日間岡本病院に入院して治療を受け、同年一二月三日から昭和四八年四月二五日まで同病院で、同月二六日から昭和四九年二月二一日まで実日数にして約三〇日板橋中央総合病院で通院治療を受けたが、前記傷害による左足根骨の変形治癒により、外傷性扁平足、内反・外反制限、軽度の底屈制限、足背部の圧痛及び歩行時の疼痛の後遺症が残り、運転には別段の支障はないが、二、三キロメートルの歩行で疼痛のため歩行困難となるほか長時間の踞位により足関節部に激しい疼痛を生ずることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(損害)

四 よつて、以下原告の被つた損害額について判断する。

1  逸失利益

原告は、前記後遺症のため、昭和四九年九月以降二八年間その稼働能力の一四パーセントを喪失した旨主張するところ、前記認定に係る原告の後遺症内容に原・被告間に争いのない別紙記載の原告の被告在勤時の収入状況及び原告本人尋問の結果を総合すると、原告は、(一)本件事故当時三五歳の男性(このことは、当事者間に争いがない。)で、トラツク運転手をした後、昭和四七年五月被告にバス運転手として入社し、本件事故に遭遇し、昭和四八年六月復職した後従前通りバス運転手として勤務し、昭和四九年九月七日同僚と喧嘩して退社したが、この間別紙記載のとおりの収入を得ていたこと、(二)退社後、エコーレンタカーという商号のミニバスのリース会社の運転手兼業務係として勤務したが、前記後遺症のため長時間踞位の姿勢をとつた場合、足関節に激痛をきたすことからタイヤ交換作業が困難なため、昭和五〇年八月頃退社し、自動車部品販売業を開業し、現在に至つていることを認めることができるところ、本件事故後昭和五一年一二月一六日の原告本人尋問当時までの間においてその実収入が前記後遺症のため特に減少したことを認めるに足りる証拠はなく、却つて、上叙認定の事実に徴すると、本件事故により原告の稼働能力がその職種に照らし減少したことは明らかであるけれども、右原告本人尋問当時までは右稼働能力の減少はてん補されているものと推認することができ、その後においても、事故後の原告の稼働状況等諸般の事情を考え併せると、原告の後遺症がその稼働能力にある程度の影響を及ぼすことは否みえないとしても、その大部分はてん補されうるものと認められるから、原告の後遺症による稼働能力に対する影響は、慰藉料を算定するに当たり斟酌するをもつて、相当というべきである。

2  慰藉料

前記認定の本件事故の態様、原告の負傷の部位及びその程度、入・通院状況、後遺症並びに原告の自認する受領済みの障害補償一時金(金一四万一〇〇円)等本件弁論に顕われた諸般の事情を考慮すると、本件事故により原告が多大の精神的、肉体的苦痛を被つたことは明らかであり、これに対する慰藉料は、金二〇〇万円とみるを相当とする。

3  損害のてん補

以上によれば、本件事故により原告の被つた損害は、金二〇〇万円となるところ、原告が見舞金名下に木原から金七万円を受領したことは当事者間に争いがなく、右金員はその金額等に徴し原告の損害の賠償金と認めるを相当とするから、右損害額から右金員を差し引くと、原告が被告に請求しうる損害は金一九三万円となる。

なお、被告は、労災保険からの休業補償金三三万九、六〇〇円、共済会からの休業補償金一五万八、八一五円、被告支給に係る昭和四八年前期賞与金一〇万二、〇〇〇円及び見舞金五万円についても原告の損害に充当すべき旨主張するが、そのいずれも原告が本訴で請求しない休業損害及び付添費用(原告本人尋問の結果によれば、被告の支払つた見舞金五万円は、原告の入院中付添看護に当たつた原告の妻の付添費用に充当する趣旨で支払われたことが認められる。)に関するものであるから、いずれも原告の右損害から控除すべき性質のものというをえない。

4  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告は、被告が本件事故により原告の被つた損害の任意支払に応じないので、やむなく本件訴訟の提起、追行を弁護士安田叡に委任し、着手金七万円を支払い、その報酬として金三〇万円の支払を約したことが認められるが、本件審理の経過、事件の難易及び認容額等にかんがみると、本件事故による損害として原告が被告に対し請求しうる弁護士費用としては、金一九万円(着手金金七万円、報酬金一二万円)をもつて、本件事故と相当因果関係ある損害とみるのが相当である。

(むすび)

五 以上の次第であるから、原告の本訴請求は、被告に対し、右合計金二一二万円及びうち弁護士報酬を控除した金二〇〇万円に対する本件事故発生の日の後である昭和五〇年一月二三日から、うち弁護士報酬金一二万円に対する本判決言渡しの日である昭和五二年一一月二九日から各支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条及び第九二条の規定を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(武居二郎 島内乗統 有吉一郎)

(別紙)

原告が被告在職中支給を受けた給与及び賞与額

昭和四七年五月 七〇、八三六円

同年前期賞与 三、〇〇〇円

同年六月 九三、三一〇円

同年七月 七〇、六九六円

同年八月 九六、四〇〇円

同年九月 七一、二九〇円

同年一〇月 九〇、〇〇四円

同年一一月 二四、八三二円

昭和四八年六月 六九、八二九円

同年前期賞与 一〇二、〇〇〇円

同年七月 八一、九五七円

同年八月 一〇一、五一九円

同年九月 七二、〇九一円

同年一〇月 八九、五八六円

同年一一月 八九、八〇〇円

同年後期賞与 一一二、六〇〇円

同年一二月 八八、一〇四円

昭和四九年一月 九一、八〇〇円

同年二月 九一、八〇〇円

同年三月 八一、五四四円

同年四月 一〇一、七〇三円

同年五月 一一八、八二三円

同年六月 一二七、八八〇円

同年前期賞与 一三八、五〇〇円

同年七月 九二、八〇〇円

同年八月 一〇九、九六三円

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